Lush*Life

南国土佐の暮らしBlog・・・

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発見!どデカい堀のあと!

20100127_01.jpg

今日は中筋川沿いの横瀬というところにいました。
大大先輩とちょっとのつもりで出かけたのですが、一日仕事になりました^^;

横瀬にはいくつかの中世の山城が知られています。
それぞれ伝説や言われのあるお城で、お城の名前と同じ苗字が周辺の集落に残っていることからも、この横瀬の人たちと関わりの深いお城だと思われます。

このうち今日探しに行ったのは、安宗城、中脇城、竹葉城の3つです。
今日一緒に調査に行った大大先輩はもともと横瀬の出身で、山に登る前に旧友や地元の人にあれこれ聞いてくれるのですが、なかなか地元の人でも”あったらしい”くらいしか知らないようです。
まぁもう何百年も前の話なんで当たり前っちゃぁ当たり前かもしれませんが。。。

まずは横瀬川左岸の中脇城。
ここは以前に大先輩が確認していたので、連れられて山に登っていくと。。。

ありますよ〜!中脇城!
この城は4つの平坦部(段)と3つの堀、土塁(土でつくった防御壁みたいなの)で構成されていたのですが、なかなか平坦部が広くて立派です。
周辺は植林やら雑木やらで混み合ってますが、これがなくなるとすっきり周囲が見渡せて、横瀬川流域が一望出来そうです。

これに気をよくして、つぎは安宗城へ。
安宗城は、地元の人の話だと、養豚場にした際に潰されてしまったとのことでしたが、山頂部が残っているので、道なき急斜面を藪こぎしてよじ登っていくと、、、、

ありますよ〜!安宗城!
綺麗な堀が1条と土塁、平坦部が残っています。
安宗城は、中脇城と同じ山の別の尾根にあって、お互いがすぐ近くに見えます。
伝承では中脇城の城主が安宗城主を謀殺したらしいのですが、あまりに近いのでもとは味方同士の連立するお城なのかもしれません。

午後からは対岸にある竹葉城を探しに。
こっちは誰も正確な場所を知らなくて、およその感じで登り始めたはいいけれど、途中でどの尾根にあるのやら、自分たちがどの尾根にいるのやらわからなくなってしまい、とにかく空の見える方へ。。。^^;;
滑ったり、落ちそうになったりしながら無理やり登っていくと。。。

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見つけましたよ!! 竹葉城!
しかも超深い堀を発見!!
写真で見てもわかるように人間3人分くらいの深さがあります
中世の山城では、近世城郭のように堀に水を貯めません
丘陵の斜面に掘られた溝は、攻め込んできた敵の動きをコントロールするのに役立つんだそうです
今日見ていて思ったのですが、堀は下の畑からでも目視できるくらいのものです
障害物としてだけじゃなくて、勢力を誇示して争いの抑止力になったり、堀のカタチや並びなどで系列を示していたりしないのかなぁ。。。

今日はこの他にも小さめの堀を2条みつけました。
建物等が建てられる平坦部は小さめのが一つだけで、堀の立派さに対して微妙な範囲。。。

下るときもまたまた迷子になって山の中をうろうろと^^;
その途中でみつけたお地蔵さんです

20100127_03.jpg


嘉永2年(今から約160年くらい前)の6月吉日に建てられたとの文字をみつけました。
ころがってたので、ちゃんと直しておきました。

で、なんとか降りてくると、、、思ってたところと真逆の場所!
降りてから尾根の形などから考えるに、どうやらお城があると言われていたところとは別の北側の尾根を歩いたようです^^;;
。。。ってことは。。。
もしかすると竹葉城は今まで知られていたよりもうすこし大きなお城かも!
そういやあのデカい堀が一個だけっちゅうのも変な感じだし、、、こりゃ思ったより立派な城なのかも!!
微妙な範囲だと思ったのは僕が一部しか見てなかったせいかも。。。

。。。でも、今日は無理!
朝から夕方までほとんど山の中にいたのでぐったりです^^;;
近いうちにちゃんと確認にこよう!
いやぁ〜思いのほか立派な城を見れてびっくりでした!
恐るべし横瀬。。。


 
  1. 2010/01/27(水) 21:10:36|
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歩いてみよう天神橋商店街

20100125_01.jpg

初めて知りました!

天神橋商店街のアーケードが開くこと、、、そしてライトがトンボのカタチをしてること!!
日曜日の夕方に商店街を歩くとやっぱり閉まってるところも多くて寂しい感じです

20100125_02.jpg


捜し物をしつつちょこっと寄った陶器屋さんで売ってた”玉姫の小箱”です
商店街のおかみさんたちがそれぞれの工夫でつくった小箱で、中に何が入っているかはお楽しみ。
お店ごとに入ってるものが違うようです。
1000円なので、おみやげに丁度いいかもしれません。

玉姫様は一条房冬夫人で京都から中村へ嫁いできたお姫様で、今でもその墓所と伝わるところは地区の人や商店街のおかみさんたちに大事にされています。

20100125_03.jpg


その脇にさりげなくあったお茶のサービス。
こういうのがなんかちょっと心をほっとさせてくれます^^

こういうのはきっと商店街のいい雰囲気を醸し出して行くんだろうなぁ
小箱もそうだし、和紙に筆書きのPOP等なんかイイ線いってて、もうちょいでうまく回りだすんじゃないかと期待してしまいます

 
  1. 2010/01/24(日) 19:21:48|
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樋口真吉講演会に行く

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樋口真吉についてはずいぶん前に記事にしていたのですが、昨今の龍馬ブームを受けて再度講演会が開催されると聞き行ってきました。

樋口真吉がどんな人かというと、幕末の維新志士で龍馬とも親交のあった幡多の傑物です
暗殺される直前の龍馬が、自身の安全な場所の確保に尽力してもらうよう手紙を書いた相手が、この樋口真吉という人物です。

講師曰く、多くの勤皇の志士のうち藩や特定の組織、実家が資金援助した人物は多いけれど、町衆が支えた志士は少なくて、その一人がこの樋口真吉だということでした。
そこら辺の詳しい話は時間切れで聴けなかったけど^^;;

この時代位の話になると今もその足跡を街中で見ることができるので、中村の町にとってはとても面白い歴史人物です。

なんと来週も別の講師で樋口真吉の講演会があるらしく、どうやら今年は中村で樋口真吉が売り出し中のようです^^
ポスターもでかいのをあちこちで見るようになりました。
福山龍馬ほど男前じゃないので取られる心配はなさそうですが。。。

 
  1. 2010/01/23(土) 20:42:36|
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小さな石碑が語る大きな池のお話

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山へと続く細くて急な小道をゆるゆると登っていくと、目の前がぱぁっと開けて大きな水面が広がる。

ここは四万十市田野川というところ。
この集落のどの家よりも高いところにあるのがこの池。
池の周囲をぐるりと回っていくと、ちょうど登り口と反対側の水際にに小さな石碑がひっそりと建っている。

20100124_02.jpg


高さのわりに大振りな笠を被された石碑の正面には「池の謂れは内に有り」と。

笠を外すと石碑は二つに別れ、内側の剥落しつつある文字群から石碑建立の記憶が語られる。

石碑が語るのは、この池が江戸時代に田野川の庄屋親子二代の先導で作られたという物語。
工事には幡多全土から延3万人を超える人夫が集まったという。

20100124_03.jpg


この池は下流にある田野川全域の水源として作られた溜池。
夏季になると水量を減じ、干上がってしまう田野川川からの配水を補うために作られたのだ。
この池いっぱいにたまった水は田野川川に流され、渇水する1ヶ月の間下流の14haにおよぶ水田を潤すことができたという。

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池は昭和10年にも改修工事を行い、貯水量を増加させて地域の営農に役立てられたが、夏場に水を必要とする中稲から、梅雨期に水を必要とする早稲に栽培品種が変わったことに伴って徐々に役割を減じていく。

しかし、現在も池の管理をおこなう「水番」制度は生きており、数軒の農家がこの池の水を水源として利用している。
田野川川にも各水田へ配水するための小さな堰が数多く生きている。

小さな石碑が語る大きな池のお話。
石碑は小さなものだけど、そこから語られるのは大きな地域の物語。
文化財とはきっとそういうものなのだ。


 
  1. 2010/01/18(月) 23:10:31|
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震災の日

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今日はあの日を阪神で過ごした多くの人と同じように僕にとっても忘れられない日です。
普段思い出すことは減っていますが、あの日以来、小さな揺れにも敏感になっていると思うし、寝室に家具を置かなくなって久しい。

その頃家族と5階に住んでいた僕は、最初の大きな揺れを1階に車が突っ込んだのかと飛び起きました。
体験したことのない揺れに僕はたった数十秒の揺れを何分も揺れていたような記憶違いを。。。

母と弟は少し離れた部屋に寝ていたので、揺れが収まると走って家族の部屋へ。
そこで前日の夜の天ぷら鍋がひっくり返ってこぼれた油に滑ってころんで。。。

僕にとっての震災体験はたったこれだけのことです。
僕らの住んでいたところは千里丘陵のうえにあって、地盤が固く、揺れは大きかったものの被害は殆どありませんでした。
家屋の損壊も停電もなく、水道も直後から使えました。

もちろんあの地震では多くの友人や先輩、後輩が被害にあって、怪我したり、家族を失ったりして僕の周辺でも悲しい別れや出来事がたくさんありました。

ただ、僕の個人的な地震の体験は、あの数十秒の恐怖以外は周辺の大きな被害に比べるとなんてことはなかったわけです。

それでも今日、Twitterで#19950117のハッシュタグを見ていると止まらなくなりました。しばらく時間を忘れて読んでいました。
あの揺れを体験したひとりとして、タイムラインに流れて行く多くの人の経験談はとても生々しくて、震災が”忘れてはいけないもの”なんかではなくて”忘れられないもの”として僕らの中に生きているんだと感じていました。

阪神大震災は、来る東南海地震を含めた地震の活動期の幕開けを告げる地震だったと言われます。
なんの因果かその南海地震をまともにくらうであろうところに暮らすことになった僕は、近い将来あれ以上の揺れを経験することになるんでしょう。

それがいつになるのかわからないけど、毎年この日に思い出して心の準備をしておかなければ。。。

 
  1. 2010/01/17(日) 21:45:21|
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